超高齢社会を迎えた日本において、介護現場を支える人材の確保は喫緊の課題です。
現場では深刻な人手不足が続き、待遇改善を求める声も強まる中、国による介護職の処遇改善策に注目が集まっています。
しかし、2025年4月23日に行われた財務省の財政制度等審議会では、介護職の一律賃上げに対し慎重な姿勢が示されました。
財務省は、限られた財源の中で社会保障制度の持続性を保つためには、給付費の膨張を抑える必要があると主張しています。
果たして、介護職の賃上げは本当に“適切でない”のでしょうか?
本コラムでは、財務省の主張の内容と背景を紐解きつつ、現場の実情とのギャップや、今後の介護政策のあり方について考察します。
【 目 次 】
- 1.なぜ財務省は介護職の賃上げに慎重なのか?
- 社会保障制度の「持続可能性」を優先
- 介護報酬1%の見直しで1,420億円削減?
- 「介護職の賃上げ=正解」ではない?
- 現場との温度差も
- 2.「処遇改善より職場選び」財務省の主張の中身とは
- 財務省のキーワードは「生産性」と「選ばれる職場」
- 介護業界の構造的な課題に焦点
- 成果を出す事業者が“評価される仕組み”を提案
- 課題:構造改革には「時間」と「初期投資」が必要
- 3.全国一律の介護報酬アップは否定的? 地域差への対応とは
- 財務省は「全国一律の引き上げ」に否定的
- 地域ごとの「介護力格差」が浮き彫りに
- 訪問介護など「弱い分野」への個別支援を優先
- 本当に必要なのは「柔軟な制度運用」
- 4.介護人材不足にどう対応すべきか?財務省と現場のギャップ
- 財務省「介護分野に人材が集中するのは適切でない」
- 「今すぐ必要」な現場と、「将来を見据える」行政
- 結局、誰のための介護制度なのか?
- 現実に即した“両輪の政策”が必要
1. なぜ財務省は介護職の賃上げに慎重なのか?
■ 社会保障制度の「持続可能性」を優先
2025年4月23日の財政制度等審議会では、介護保険制度の見直しが議題のひとつに。
この中で財務省は、「制度の持続性を高めるためには、給付費の膨張に一定の歯止めが必要」と明言しました。
急速に進む高齢化と、それに伴う介護サービスの拡大により、介護費用は年々増加。
この流れを放置すれば、財政が圧迫されるだけでなく、将来的に保険制度そのものの維持が困難になるという懸念があるのです。
■ 介護報酬1%の見直しで1,420億円削減?
財務省は、介護報酬を1%引き下げるだけで約1,420億円の財政抑制効果があると試算しています(※2024年度の介護費約14.2兆円をベースに算出)。
この金額は、少子化で負担が増す現役世代の保険料軽減にもつながると説明しており、限られた財源の中で、国全体の負担バランスを取る必要性があるという立場です。
■ 「介護職の賃上げ=正解」ではない?
一見すると、介護職の賃上げは人材確保に直結しそうに思えますが、財務省はそこに慎重な姿勢を見せます。
理由は、「処遇改善だけでは根本的な問題解決にはならない」という考えにあります。
確かに、報酬アップは一時的な魅力にはなりますが、業務負担や職場環境が改善されなければ、離職を防ぐことは難しいでしょう。
財務省としては、制度を長期的に持続させる視点から、バランスの取れた改善策を優先したいと考えているのです。
■ 現場との温度差も
ただし、介護現場からは「現実と乖離している」との声も少なくありません。
特に訪問介護などの分野では、最低賃金ギリギリで働く職員も多く、処遇改善なしでは人手不足がさらに深刻化する恐れも。
財政的な視点だけでなく、現場の実情に即した対応が求められているのは間違いありません。
このように、財務省の「慎重論」には財政上のロジックがありますが、それが現場にどう響くのかはまた別問題です。
2. 「処遇改善より職場選び」財務省の主張の中身とは
■ 財務省のキーワードは「生産性」と「選ばれる職場」
財務省は、介護職の人材確保に向けた施策として、単なる賃上げではなく、 「生産性の向上」や「職場環境の整備」といった構造的な改革を重視しています。
特に注目されたのは、「処遇改善だけで人材を呼び込むのではなく、利用者や職員に選ばれる職場を目指すべき」という指摘です。
これは裏を返せば、賃金だけでは人は定着しないというメッセージとも取れます。
■ 介護業界の構造的な課題に焦点
介護現場には、以下のような長年の課題が山積しています。
- 業務負担の過多(記録、移動、身体介助)
- シフト制・夜勤による過酷な労働環境
- キャリアパスや評価制度の不透明さ
財務省はこうした課題に向き合わずに報酬を引き上げても、 「根本的な解決にはならない」という立場を取っています。
■ 成果を出す事業者が“評価される仕組み”を提案
財務省は、「一律の賃上げ」には慎重である一方で、 質の高い事業者が選ばれる市場構造の形成には前向きです。
- 働きやすさ・育成環境の整った施設が職員に選ばれる
- IT導入や業務効率化で生産性を高めた事業者が評価される
- 利用者からの満足度が高いサービスにインセンティブを付ける
こうした“選ばれる仕組み”があれば、健全な競争とサービスの質の向上にもつながるという考えです。
■ 課題:構造改革には「時間」と「初期投資」が必要
とはいえ、生産性向上や職場環境の整備には、時間も費用もかかります。
特に中小規模の事業所では、すぐに体制を変えられる余力がないのが実情です。
現場からは、「環境改善に取り組むためにも、まず最低限の処遇改善が必要では?」という声も上がっており、 理想と現実のギャップをどう埋めるかが問われています。
3. 全国一律の介護報酬アップは否定的?地域差への対応とは
■ 財務省は「全国一律の引き上げ」に否定的
財務省は今回の審議会で、介護報酬を全国一律に引き上げることに対し否定的な立場を明確にしました。
背景には、地域によって介護サービスの提供体制や人口動態に大きな差があるという事情があります。
「地域の実情に合わない報酬の引き上げは、財源の非効率な分配につながる」
― 財務省の見解より
■ 地域ごとの「介護力格差」が浮き彫りに
都市部では介護人材の奪い合いが進む一方、地方では事業所そのものの維持すら難しくなっている地域も存在します。
- 都市部:高い人件費と競争激化
- 地方:事業所の撤退、採用難、利用者数の減少
これらの地域差を無視して全国一律に報酬を引き上げれば、 一部の地域では恩恵が薄れ、逆に非効率な配分となる可能性があるのです。
■ 訪問介護など「弱い分野」への個別支援を優先
今回、財務省は特に訪問介護事業所の経営難についても言及しています。
ただしその対応も、「新たな支援策を設ける前に、まず既存施策を最大限活用すべき」との姿勢をとっています。
訪問介護はとりわけ職員1人あたりの負担が大きく、賃金も低水準にとどまる傾向にあるため、 現場からは「今すぐの支援が必要だ」との強い声が上がっています。
■ 本当に必要なのは「柔軟な制度運用」
全国一律ではなく、地域の実情に応じた報酬調整や支援策を講じることで、効率的かつ効果的な支援が可能になるという考え方自体は、一定の合理性があります。
ただし、地域差を理由に支援が遅れたり偏ったりすれば、結果として格差が拡大し、現場の疲弊につながる恐れも否めません。
持続可能で公平な制度を目指すのであれば、単なる一律化でも個別化でもなく、柔軟性と即応性のある運用設計が求められます。
4. 介護人材不足にどう対応すべきか?財務省と現場のギャップ
■ 財務省「介護分野に人材が集中するのは適切でない」
今回の財政制度等審議会では、介護業界の人手不足への対応について、財務省は独自の見解を示しました。
「今後の生産年齢人口の減少を踏まえれば、介護分野にばかり人材が集中するのは適切でない」
つまり、介護に人材を偏らせるのではなく、社会全体のバランスを考慮した人材配置が必要という主張です。
この考えは、将来的な労働力の確保という視点では理解できるものの、現に人が足りずに困っている介護現場からすると、大きな温度差があるとも言えます。
■ 「今すぐ必要」な現場と、「将来を見据える」行政
- 介護現場の視点:
→ 今この瞬間にも、職員が足りずにサービスが回らない
→ 離職防止・新規採用のために賃上げなど早急な対応が必要
- 財務省の視点:
→ 制度の長期的安定性、労働人口の配分を最適化したい
→ 選ばれる職場づくりを通じて、自律的な人材確保を促したい
このように、“時間軸”の違いによって、政策の優先順位が食い違っているのが現状です。
■ 結局、誰のための介護制度なのか?
財務省の主張は、制度設計や予算管理の面では理にかなっています。
しかし忘れてはならないのは、「介護は人と人が向き合う現場」だということです。
制度の持続性も重要ですが、その中で働く職員の尊厳や生活、モチベーションに目を向けることも不可欠です。
現場が疲弊すれば、サービスの質の低下は避けられず、最終的に不利益を被るのは、利用者=国民自身です。
■ 現実に即した“両輪の政策”が必要
介護業界の人手不足問題は、処遇改善と構造改革の両方の視点から取り組むべき課題です。
- 今すぐの処遇改善で現場を支える
- 中長期的には職場環境の整備や業務効率化を進める
介護を支える制度づくりには、財政の視点と現場の声の両方が欠かせません。
課題が山積する中でも、誰もが安心して歳を重ねられる社会のために、持続可能で実効性のあるバランスの取れた対応が求められています。