認知症のある方が見せる「暴言」「徘徊」「妄想」などの行動や心理的な症状は、医学的には「BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)」と呼ばれます。
これは中核症状(記憶障害や見当識障害など)とは異なり、周囲の環境や人間関係、体調の変化などによって強く影響を受けるという特徴があります。
介護の現場では、このBPSDによって日々のケアが困難になったり、介護者の心身に大きな負担がかかるケースが少なくありません。
ときに感情的なやり取りになってしまい、関係が悪化することも。
しかし、BPSDの背景には必ず何らかの「理由」や「サイン」が隠されています。
単なる“困った行動”として捉えるのではなく、本人の訴えや不安の表れとして理解し、適切に対応することが大切です。
本コラムでは、介護現場で特に困ることの多いBPSD症状を7つ取り上げ、それぞれの具体的な対処法を紹介していきます。
日々のケアに少しでも役立てていただければ幸いです。
【 目 次 】
- 暴言・暴力行為への対応
- 幻覚・妄想の対処法
- 不穏・徘徊への対応ポイント
- 介助拒否(拒否・抵抗)の原因と対応
- 暴食・異食への対策
- 夜間の不眠・昼夜逆転の改善法
- 感情の起伏が激しいときの対応方
- おわりに:BPSDと向き合うために大切なこと
暴言・暴力行為への対応
よく見られる症状
認知症の方が突然怒鳴ったり、介護者に対して手を上げたりする場面は、現場でもよく見られるBPSDのひとつです。
食事や入浴の介助中に叩かれる、怒鳴られるといった行為に対し、介護者が大きなストレスを感じることも少なくありません。
暴言・暴力の背景にあるもの
暴言や暴力的な行動は、単なる“乱暴”ではなく、不安・恐怖・混乱・不快感などの感情表現であることが多いです。
たとえば、「知らない人に体を触られている」と誤認しているケースや、「何をされるのかわからない」ことで強い不安を感じている場合もあります。
対応のポイント
- 刺激を最小限にする
大声や急な動きは相手をさらに興奮させる原因になります。静かな環境で、穏やかな声で対応しましょう。
- 本人の視点に立つ
何に驚き、何が怖かったのかを想像することが重要です。こちらの言い分を押しつけず、「怖かったね」「びっくりしたね」と気持ちに寄り添う姿勢を心がけます。
- 身体の不調や環境要因を探る
痛み、発熱、脱水などの身体的な不調や、騒音・照明などの環境ストレスが引き金になることもあります。日頃の観察がヒントになります。
- 無理せず、安全を確保する
暴力が激しい場合は無理に介助せず、一度距離を置いて落ち着くのを待つことも大切です。介護職の安全も守るべき対象です。
- 記録と共有を行う
発生したタイミングや状況を記録し、チームや医療関係者と共有することで、再発予防や医療的介入につながることもあります。
本人の暴言・暴力行為にショックを受けることもありますが、それは“その人自身”ではなく、“症状”として現れているもの。
感情を受け止めつつ、冷静に・柔軟に対応する姿勢が、状況を大きく左右します。
幻覚・妄想の対処法
よく見られる症状
認知症の方の中には、実際には存在しないものが「見える」「聞こえる」と訴えることがあります。
また、「財布が盗まれた」「誰かに狙われている」といった被害妄想もよく見られるBPSDのひとつです。
これらの症状は、本人にとっては現実そのものであり、「そんなことあるわけない」と否定されると、不安や怒りが強くなり、状況が悪化することがあります。
幻覚・妄想の背景にあるもの
こうした症状の多くは、記憶の混乱や理解力の低下、不安感の高まりなどが原因です。
たとえば、物の置き場所を忘れたことを「盗まれた」と感じたり、知らない職員に対して「泥棒」や「不審者」といった誤解が生じることもあります。
対応のポイント
- 否定せずに受け止める
「そんなことはないでしょ」ではなく、**「それは心配だったね」「怖かったね」**などと、気持ちをまず受け止めましょう。
- 安心できる環境を整える
暗い部屋や物の影、鏡の反射などが幻覚を引き起こすことがあります。明るさや配置、音などを見直し、落ち着ける環境を整えましょう。
- 別の行動に切り替える(気をそらす)
「一緒にお茶を飲もうか」「お花を見に行こうか」など、さりげなく注意を別に向ける方法も有効です。
- 繰り返す妄想には記録と連携を
特定の妄想が頻繁に繰り返される場合は、発生のタイミングや内容を記録し、医師やチームで共有することが重要です。薬の調整が必要なケースもあります。
幻覚や妄想は、本人が感じている“現実”の一部です。
まずはその気持ちに寄り添い、「安心」と「信頼」の関係性をつくることが、症状の悪化を防ぐカギになります。
不穏・徘徊への対応ポイント
よく見られる症状
認知症の方が落ち着きなくそわそわしたり、施設内を歩き回ったり、急に外へ出ようとする行動は「不穏」や「徘徊」と呼ばれます。
「家に帰る」「子どもを迎えに行く」など、本人なりの理由があることも多く、目的を持たない“ただの徘徊”とは限りません。
これらの行動は放置すると転倒や事故、行方不明のリスクにもつながるため、早めの対応が求められます。
不穏・徘徊の背景にあるもの
不安・混乱・排泄欲求・空腹・退屈・眠れないなど、多様な要因が行動として表れている場合が多くあります。
また、生活リズムの乱れや、日中の刺激が不足していることも一因になります。
対応のポイント
- 本人の言動をよく観察する
「帰る」と言っている場合、実際には「落ち着ける場所に行きたい」という気持ちの表れかもしれません。
言葉の裏にある感情やニーズに注目してみましょう。
- 声かけは肯定的・共感的に
「どこに行くんですか?」よりも、「ちょっと一緒に座ってお茶でも飲みませんか?」と、関心を逸らす優しい誘導が効果的です。
- 生活リズムを整える
日中に散歩や軽い運動、レクリエーションなどを取り入れ、夜に自然な眠気が来るような活動設計が役立ちます。
- 安全対策を徹底する
スロープ・段差の見直し、履物のチェック、外出が想定される場合はGPS機器や見守りセンサーの導入も検討しましょう。
徘徊や不穏な行動には、本人なりの“理由”や“思い”が込められています。
無理に止めるのではなく、気持ちに寄り添いながら、安全に・穏やかに対応していくことが大切です。
介助拒否(拒否・抵抗)の対応
よく見られる症状
食事介助を断られる、入浴や排泄介助に対して強く拒まれる、服を脱ぐことに抵抗を示すなど、介護のあらゆる場面で「拒否」が起きることがあります。
時には怒ったり泣いたりと、感情的な反応になることもあり、介助者が戸惑ってしまうケースも多く見られます。
拒否の背景にあるもの
拒否や抵抗は、恐怖・不快感・プライド・羞恥心・混乱・疲れなど、本人にとって何かしらの“つらさ”や“不安”が原因になっていることがほとんどです。
また、体調が悪い・眠い・気分が乗らないなど、一時的な理由で反応していることもあります。
対応のポイント
- タイミングを変える
一度拒否されたら、無理に続けず、時間をおいて再チャレンジするのが基本です。状況が変わると受け入れてもらえることもあります。
- 安心感を与える声かけ
いきなり行動に移るのではなく、「○○さん、これからお風呂ですよ」「気持ちよくなりましょうね」と穏やかに説明しながら進めることが効果的です。
- 選択肢を与える
「お風呂に入りましょう」ではなく、「今からお風呂にしましょうか、それとも少しお茶を飲んでからにしますか?」など、本人の意思を尊重できる声かけが有効です。
- 羞恥心やプライドに配慮する
特に排泄や入浴などの場面では、同性介助やカーテンの使用など、プライバシーに配慮した対応が大切です。
- 一人で抱え込まず、チームで共有
拒否が頻繁に続く場合は、他の職員の対応方法を参考にしたり、本人に合った関わり方をチームで検討しましょう。
介助拒否は、本人の「嫌だ」という強い気持ちの表れです。
それを無理に押さえ込もうとせず、「なぜ嫌がっているのか?」を丁寧に探り、安心感のある関わり方を考えることが、拒否の軽減につながります。
暴食・異食への対策
よく見られる症状
食事を何度も求める、短時間で大量に食べてしまう、食べてはいけないもの(ティッシュ、石けん、植木など)を口に入れようとする——。
こうした暴食や異食は、身体へのリスクが高く、介護者にとっても見過ごせないBPSDのひとつです。
暴食・異食の背景にあるもの
記憶障害によって**「さっき食べた」ことを忘れてしまう**ことや、空腹感をうまく認識できないことが関係している場合があります。
また、口の中に何かを入れていないと落ち着かない、薬の副作用、口腔内の不快感(義歯の違和感など)といった要因も考えられます。
対応のポイント
- 食事の記憶を助ける工夫を
「ごちそうさまでした」と一緒に言う、食後に歯磨きをする、食器を下げてテーブルを片付けるなど、食事が終わったことを視覚的・体感的に伝える工夫を取り入れましょう。
- 時間と量のコントロール
食事の回数は変えずに、1回の量を少なめにし、間食や補食を調整することで満足感を得てもらう方法もあります。
- 異食対策には環境整備を
口に入れてはいけない物が手に届く場所にないか、日用品や危険物は目につかないところへ移動させましょう。特に机の上やポケット内などのチェックを習慣に。
- 代替行動を用意する
食べ物ではないが口に入れても安全な「ガム状のもの」「ふくらむスポンジ」など、口腔欲求を満たすグッズの活用も一案です。
- 医療・栄養の専門職との連携
薬の副作用や栄養状態の偏りが関係している場合もあるため、管理栄養士や医師と相談しながら対応を考えることも大切です。
暴食・異食は「本人の意思が弱いから」ではなく、脳の機能低下や不安によって生じる症状です。
責めたり制限したりする前に、安心できる環境と代替手段を整えることが予防と改善のカギになります。
夜間の不眠・昼夜逆転の改善法
よく見られる症状
夜間に何度も目を覚まし、寝かしつけが難しい、または昼間に眠りすぎて夜に活動的になるなど、昼夜逆転の現象が見られます。
夜中に起きて徘徊したり、大声を出したりすることもあり、介護者は夜間の不眠や過度の疲労に悩まされることが多いです。
夜間不眠・昼夜逆転の背景にあるもの
認知症が進行すると、脳の睡眠リズムをコントロールする機能が低下し、昼と夜の区別がつきづらくなります。
さらに、昼間の活動量が少ない、部屋が暗すぎる・静かすぎるなどの環境要因、あるいは**身体的不快感(痛み、かゆみ、トイレの欲求など)**が夜間覚醒を引き起こすこともあります。
対応のポイント
- 昼間に十分な活動を取り入れる
日中に散歩や軽い体操などを取り入れることで、昼間の疲れが夜の眠気に繋がりやすくなります。できるだけ屋外の光を浴びることで、体内時計を正常に保つ手助けになります。
- 昼間の睡眠時間を調整
昼間に長時間寝過ぎていると、夜に眠れなくなることがあります。昼寝の時間は短めにし、日中に適度に活動させることが重要です。
- 環境を整える
夜間の環境も重要です。静かな環境、暗すぎない部屋、温度や湿度の調整を行い、リラックスできる空間を作りましょう。また、寝室に時計を置くことで、昼夜の時間感覚を保つ手助けになります。
- 寝る前のリラックスした時間
寝かしつけの前に穏やかな音楽やお茶を一緒に楽しむなど、リラックスできる時間を過ごすことが、眠りに向かう準備を整えます。テレビやスマホの使用を避け、目を疲れさせないようにしましょう。
- 薬の見直し
不眠が続く場合、使用している薬の影響があるかもしれません。医師に相談して、薬の変更や調整を行うことも検討しましょう。
夜間の不眠や昼夜逆転は、認知症の進行に伴う自然な症状の一つですが、環境の調整や日中の活動が改善につながることが多いです。
本人が安眠できるように、日々のケアで少しずつ工夫を重ねていくことが重要です。
感情の起伏が激しいときの対応方法
よく見られる症状
認知症の方は、感情のコントロールが難しくなることが多く、突然泣いたり怒ったりすることがあります。
些細なことで不安や恐怖を感じる場合もあれば、喜怒哀楽が極端に表れることもあり、その度に介護者はどのように対応するか迷うこともあります。
感情の起伏の背景にあるもの
認知症による脳の機能低下が、感情の安定に影響を与えます。
また、身体的な不調(痛みや不快感)、環境の変化、過度な刺激、記憶の混乱なども感情の不安定さを引き起こします。本人が何に不安を感じ、何に喜びを感じているのかを理解することが重要です。
対応のポイント
- 穏やかに感情を受け止める
感情が激しくなったとき、まずはその感情を否定せずに受け止めることが大切です。「怒っているんだね」「悲しいんですね」と共感の言葉をかけることで、気持ちが少し落ち着くことがあります。
- 焦らず、落ち着いて対応する
感情が激しくなると、こちらも焦ってしまいがちですが、穏やかな声で話しかけることが重要です。落ち着いた姿勢でいると、相手も次第に冷静さを取り戻すことがあります。
- 環境を調整する
過度な刺激が感情を乱すことがあります。静かな環境を作り、照明や音を調整することで、本人が落ち着きやすくなります。また、あまりにも感情的な反応が続く場合は、一度その場を離れて、気持ちをリセットすることも一つの方法です。
- 身体的な不快感を確認する
痛みや不快感が原因で感情的になっている場合があります。体調や身体的なケアを確認し、必要に応じて医療的な対応を考えることも大切です。
- 安心感を与える言動
感情が高ぶっている時こそ、穏やかな言葉やジェスチャーで安心感を与えることが重要です。「大丈夫だよ、一緒にいるからね」といった言葉で、少しでも安心できるよう心がけましょう。
感情の起伏が激しいときは、感情そのものに反応するのではなく、その背景にある不安や痛み、混乱に目を向けることが大切です。
共感と安心感を提供することで、次第に感情が落ち着くことが期待できるので、冷静に対応しましょう。
おわりに:BPSDと向き合うために大切なこと
BPSD(行動・心理症状)は、認知症の方にしばしば見られる症状であり、介護現場での対応は難しいことが多いですが、本人の気持ちに寄り添い、適切な支援を行うことが重要です。
今回取り上げた7つの症状とその対処法は、どれも一度で完璧に解決するものではありません。むしろ、日々のケアの中で少しずつ改善を図りながら対応していくことが求められます。
ポイントは、本人の不安や恐怖を理解し、共感的なアプローチを取ることです。症状が現れた際に、焦らず落ち着いて対応し、環境や生活リズム、心身のケアを整えることで、症状を和らげることができます。また、症状が深刻化する前に、医師や専門職と連携を取りながら最適な対応を模索することも大切です。
介護現場で働く皆さんが少しでも安心してケアを行えるよう、今後も支援を続け、知識を深めていくことが求められます。無理なく、安心して長期的に働き続けるための工夫を積み重ねていきましょう。